シルヴェスター・スタローン(Sylvester Stallone)のパテック フィリップ グランドマスター・チャイム Ref.6300Gが、同じく彼のコレクションにあるいくつかの時計とともに今週ニューヨークのサザビーズによって売却された。今週のオークションについてのリポートをまっとうにまとめるなら、まずこの事実についての話から始めるべきだろう。この時計はパテックでもっとも複雑な時計(20ものコンプリケーションを搭載している)であり、オークションに出品されたのはこれが初めてだ。そしてこの時計は、パネライとの関係性でよく知られているであろう、真の大スターであり、自他ともに認めるウォッチガイであるスタローンが所有するものだ。
スタローンが2020年にフィリップスを通じて時計を販売したのちに、彼を招聘したサザビーズにとってこれは大きなチャンスだ。とてもクールな話だが、スタローンはYouTube上で、サザビーズを通じて販売しているすべての時計について、また(オールマン・ブラザーズの)グレッグ・オールマン(Gregg Allman)との偶然の出会いがいかに彼を時計の虜にしたかを雄弁に語っている。映像のなかでスタローンは6300Gを封を開けずに見せているが、これまで1度も着用したことがないという事実には眉をひそめる人もいる。
「コレクターのひとりとして購入したんだ」とスタローンは映像のなかで語っている。「絵画のように丁重に扱っている……、まさに芸術品だ」。ランボーがRef.6300を身に着けていたら最高にカッコよかったんじゃないかって? もちろんそうだろう。しかし、スライ(スタローンの愛称だ)の首は私の腕より太かっただろうから、という理由だけで彼が腕時計をしていなかったことを非難するつもりはない。彼の話には情熱が感じられる。30年ものあいだ、時計と深く関わってきた彼の時計に対する思いは、きっと計り知れないものだろう。
とにかく、スタローンは超大作映画のアクションスターであり、ノーチラス Ref.5711/1300A(ダイヤモンドのついたグリーンダイヤルのモデルだ)や、そのほかいくつかの時計を出品している。彼がパネライ、ロレックス、パテックなどの重厚な時計を“ドアノッカー”と呼んでいる(私はこの響きをすぐに気に入った)一方で、私の好みは明らかに華奢だ。そんな私から、今週ニューヨークで行われたオークションのなかで特に気に入った時計について少々と、購入時の注意点について解説していこう。
ロレックス初のオイスター クロノグラフ
ロレックス ゼログラフ Ref.3346。想定落札価格5万〜10万ドル(日本円で約780万〜1562万円)。
スタローンの小指にしっくりくるような時計をいくつか、サザビーズで見てみよう。ロレックスのゼログラフは、いくつかの理由から極めて重要なモデルである。初のオイスター クロノグラフであること、初の回転ベゼル搭載機であること、初の自社製クロノグラフムーブメントを採用していること、だ。
また、ヴィンテージロレックスのなかでもとりわけ希少なモデルのひとつであり、これまでに10本も見つかっていない。しかも、この個体はカリフォルニアで最近発見されたもので、市場に出たばかりである。ゼログラフについてあまり多くは知られていないが、何らかのプロトタイプであったと考えられており、カタログや広告に掲載されていないのもそのためだと思われる。ロレックスの歴史における超クールな逸品が、わずか32mmのケースに凝縮されている。
サザビーズではこのRef.3346の想定落札価格を5万〜10万ドル(日本円で約780万〜1565万円)としているが、参考までに、モナコ・レジェンドで別の個体26万6500ユーロ(日本円で約4500万円)で落札されている。
最初期のパテック フィリップ スティール製Ref.96
今回紹介する時計には、ロレックスの歴史における重要な1本からパテックまでが揃う。Ref.96(通称クンロク)パテックにおいて最初のカラトラバであり、同時にブランド初の量産モデルであることは、すでに多くの人が知るところであろう。大げさだが、“パテックを救った時計”とさえ言われている。
Ref.96は約40年間製造されたが、最初期の個体は、パテックが当初ペンダントウォッチ用に注文したルクルトの小さなエボーシュを使用していたために区別できる。世界恐慌のために、これらのムーブメントの一部はパテックが初代カラトラバに搭載するまで何年も使用されずに眠っていた。
この時計は1936年に販売されたもので、JLCのムーブメントを使用している。さらに素晴らしいことに、スティール製で、美しいオリジナルのセクターダイヤルを備えている。ゼログラフと同様にオリジナルオーナーの家族が所有していたもので、スタローンの爪と同じくらい小さい。
このRef.96の落札予想価格は3万ドルから5万ドル(日本円で約470万〜780万円)だが、ゼログラフのように最終的な着地点を予測するのは困難だ。とても重要で、希少で、美しい。でも、小さくて、ニッチで、すごく古くて、ちょっとボロボロだが、オリジナルのままでもある。つまり、私がヴィンテージウォッチに求めるものすべてを兼ね備えているのだ。
そういえばもうひとつ、出どころの確かな小さな時計がある。それは、アメリカのジョン・パーシング(John Pershing)将軍に贈られたケースに美しいエナメル象嵌が施された小さな角型のカルティエで、パーシング家から直接譲り受けたものだ。パーシング将軍は1918年にルイ・カルティエ(Louis Cartier)から直接、史上初となるカルティエ タンクを受け取ったという都市伝説があるが、実際にそうだったという証拠はあまり残っていないようだ。それではご覧いただこう:パーシング カルティエ(想定落札価格は2万~5万ドル、日本円で約310万〜780万円)。
サザビーズは、先月発表されたばかりの新ブランド、トレダノ&チャン B/1のユニークピースもオークションに出品する。銅が散りばめられたカーボンファイバー製ケースで、想定落札価格は6000〜1万2000ドル(日本円で約95万〜190万円)だ。
フィリップ・デュフォー デュアリティ
フィリップスへ急げ。なぜって、今回のトップロットは、現代の独立系時計メーカーによる最高の時計のひとつ、フィリップ・デュフォーのデュアリティだからだ。
1996年に発表されたデュアリティは、ふたつの独立したテンプを使用した史上初のダブルエスケープメントを搭載した腕時計である。これによりテンプがそれぞれの振動数を平均化することで、時計の精度がより向上するという仕組みだ。それからわずか数年後、この作品に触発されたジュルヌが世紀の変わり目に発表したレゾナンスを再考、復活させることになる。
当初、デュフォーは25本を作る予定だったというが、デュアリティの製造、組み立て、調整が非常に困難であったため、最終的に9本しか作らなかった。デュアリティがどのように機能するのか本当に知りたいのなら、私たちがお手伝いしよう。
フィリップスは2022年(ピンクゴールド、400万ドル、当時のレートで4億2200万円)と2017年(プラチナ製No.00、91万5000ドル、当時のレートで約1億5500万円)に、別に2本のデュアリティを販売している。今回の個体はホワイトゴールド製で、さらにラッカー文字盤とブレゲ針という仕様になっている。想定落札価格は80万~160万ドル(日本円で約1億2400万円〜2億4800万円)だ。
また、インディーズ界隈では、HAJIME ASAOKAのトゥールビヨンのプロトタイプ、No.0の想定落札価格が12万~24万ドル(日本円で約1865万〜3730万円)という驚くべき数字を出している。