自身の所有する時計から、特に思い入れのあるひとつを紹介。

スイスのアンティーク時計店での出合い
「君もオメガかい?」

スイス、スウォッチ グループの本拠地ビール/ビエンヌのアンティーク時計店に入ったら、店主はまずこう言った。「またかよ」みたいな表情だった。時計好きが来ると、まず「オメガスーパーコピー代引き安心を見せてくれ」というらしい。オメガのお膝元ゆえ、年代物の時計は充実していて、コレクターには見逃せない店らしいのだ。オメガの歴史的モデルのコレクションで知られる時計ライターのN氏も足を運んだと聞く。

ロンジンの記念イベントの帰り
店を訪れたのは2001年2月、とても寒い冬の日だった。当日は、サンティミエのロンジン本社で催されたイベントの取材を終え、帰国前に街でぶらぶら過ごしていた。ちなみにロンジン本社でのイベントとは、ロンジンをブランド名にした最初の時計が作られてから、製造個数が3000万に達したことを祝い、記念モデルの「ロンジン L.990」を3月のバーゼルフェアに先立って発表するという内容で、日本からは時計ビギンと筆者が編集する小学館の時計ムックが参加し、あとは中国と香港からの大勢の人々。いたるところで中国語が飛び交い、スイス人スタッフも、流暢な中国語を話すのにはちょっと驚いた。中華セレブの賓客も来ているそうだ。

Cal.L.990
サプライズといえばもうひとつ。イベントを終えて、ミュージアムを再訪していたら、ロンジンのスタッフがCal.L.990を搭載する1980年代の「コンクェスト」を持ってきて「よろしかったらどうぞ。何本もあるから、1本差し上げます……」と。なんというご厚意! 今でも持ってますよ、もちろん。ついでにもうひとつ。このCal.L.990はセンターセコンド、デイト表示付き自動巻きムーブメントで世界最薄記録を樹立した1970年代後期の名機で、1980年代にロンジンからヌーヴェル・レマニア(現ブレゲ)に引き継がれ、今もその系譜が途絶えないのは興味深い(時計に詳しい本誌読者なら御存知だろう)。

希少なIWC懐中クロノメーターだった
ロンジンはさておき、本題に戻ろう。ビエンヌのアンティーク時計店では、だいたいこんな感じで話が進んだ。

「オメガ以外には何がお勧め?」
「お客さん、懐中時計は興味あるかい」

すると、店主が奥からトレイに乗せていくつか持ってきた。

「どれもグッドコンディションだ」

数点のうち、視線が釘付けになったのはIWCのクロノメーターだ。

「でも、ちゃんとした金時計だし、う~ん高そうだな」

店主はたしか1500スイスフランと言っていたと思う。予想より安い。いちおう当時のスイスフランのレート推移を調べてみたら、2000年が64円、この話の2001年が72円だから今の半分以下だ。「ウッソー」と叫びたくなる円高に驚くが、それで換算すると値段は10万円ちょっと。確か14Kイエローゴールドの美品で、メンテナンス済みというから、1500スイスフランはお買い得に違いない。

値切って買った金時計が酒のつまみに

繊細なヘアライン、ゴールド仕上げのダイアルにクラシカルなブルースティールのブレゲ針や、鉄道時計タイプの斜体アラビア数字、レイルウェイトラックを配置。銘はCHRONOMETRE International Watch Co. SCHAFFHAUSENだ。
「こういう懐中時計って売れてるの?」
「そうお客さん、そこなんだよ。オメガの腕時計は売れるけどね、懐中時計はさっぱりさ」
「じゃまけてくれる?」

値引き交渉をしてみようと考えた。結局3割まけてもらい、7万円ほどでこのIWC懐中時計クロノメーターを手に入れることができた。店主とのやりとりを横で見物していたカメラマン氏も、ホイヤーのストップウォッチのデッドストックを約1万円で購入して「いい土産ができた」とご満悦。帰国してからネットなどで調べてみたが、同一モデルには出合うことがなかった。店主の話では、おそらく1930年代頃のもので、ダイアルにクロノメーターとの表記があるレア品であるとのこと。本物なのか疑念も生じたが、まあ、よしとした。たまに裏蓋をあけて年代物のムーブメントを鑑賞しながらビールを飲む、そんな酒のつまみみたいな存在として十分に楽しむことができた。

内側にペルラージュ模様を施した裏蓋とポリッシュ仕上げの中蓋を開けると、1930年代製とされる手巻きムーブメント、レピーヌ型Cal.52Tが姿を現す。ムーブメント外縁の繊細なペルラージュ模様や受けの力強いリブ模様、チラネジ付きの大型テンプ、スワンネック型緩急針など、時計好きにとっては見飽きない絶景。1万8000振動/時のロービートで、現状で日差+10~20秒程度と、まずまず良好だ。

お宝をうっかり落として壊す
ところがある日、悲劇が起こる。IWCにまつわる有名なエピソード「シュピルマンの時計」を取り上げたテレビ番組を見ていた時のことである。久しぶりに懐中時計を出してきて「これもお宝だ」と眺めていたら、するりと手のひらからフローリングへと落下。運悪くガラスは砕け、そのかけらでダイアルの一部に小さなキズまでついてしまった。修理とムーブメントの点検をリシュモンジャパンに頼んだら「日本では扱えない、スイス送りになる」とのつれない返事。業者に修理を頼むのもひとつの手だったが、結局シャフハウゼンに里帰りさせることに。何度も訪れたIWC本社の工房やミューアジアムに並ぶ懐中時計のことが思い出されたからだ。依頼してから戻ってくるまでに半年近くかかったと記憶する。また、本国送りゆえのけっこうな修理代が請求されたのは言うまでもない。

酒のつまみとかって、十分に注意せず扱ったバチが当たったのだろう。それ以来、丁寧に扱っている。今も日常の実用時計として使用しているわけではないが、時々取り出して眺めながら「俺はやっぱり時計好き!」なんて自己満足の愉悦に浸っている。そうさせる時計は「宝物」以外の何物でもないだろう。

落下によってガラスは破損したが、イエローゴールドのケース自体はまったく問題なかった。購入時と変わらず傷もなく、美しいポリッシュ仕上げでぴっかぴか。

IWC「ポートフィノ」に取り入れられたように、懐中時計ならではの丸みをおびた滑らかなケース形状は触ると実に心地よい。修理によってグラスボックス型のガラスも復活した。